ガット弦は羊腸をさいて、それを寄り合わせ、さらに研磨して弦の状態にしたものです。ヨーロッパの弦楽器(ヴァイオリン、リュート、ギター、ハープなど)は金属弦やナイロン弦(合成樹脂)が一般的になる以前、その多くがガット弦を張って演奏されていました。
私はリュートなどのピリオド楽器を演奏する際はガット弦を用いて演奏しております。「実際のところどうなのか?」「モダン弦とどう違うのか?」など実体験を通して感じていることをまとめてみました。ガット弦の製造に関する詳細はガムート社のホームページをご覧になるといいでしょう。
https://www.gamutmusic.com/new-page
■ 音の立体感
ガット弦はモダン弦に比べてより複雑な倍音成分が含まれているので、音楽に立体感が生まれやすくなります。自然のものを原料に製造しているのでどうしても「均一」にはならないのでしょうが、逆にその「不均一」なことが音・音楽に立体感、奥行きを持たせるのでしょう。実際チューニングマシンでガット弦を調弦しても、その複雑な倍音成分のためか視認性が悪く(針がふらふらして)あまり役に立ちません。
モダン弦は一聴すると音が整っていて美しく感じるのですが、一度ガット弦の持つ音の立体感、含みに慣れてしまうと正直物足りなさを感じてしまうことでしょう。
■ 耐久性
耐久性に関しては間違いなくモダン弦に軍配が上がるでしょう。ガット弦の材料は羊腸なので簡単に言ってしまえば「皮」みたいなものです。当然弾けば弾くほど表面は毛羽立ってきたり、摩耗するので新しいものに交換しなければいけません。ナイロン弦に関して言えば爪を使わず指頭のみで弾くのであれば相当持つと思います。
ただ番外弦(開放弦のみを弾く)のような太いゲージの低音弦であればガット弦でもほぼ交換する必要はありません。実際そういう弦で何年も弾いていますが、耐久性に関して何の問題もありません。
■ 音の立ち上がり、減衰
音の立ち上がりはモダン弦に比べてガット弦の方が反応が速いように感じます。その傾向は特に高音弦で顕著です。(例えばシャントレルと呼ばれる1コース目など)ガット弦と同じ比重であるナイルガット弦でもそのやはりその差は歴然で音の明瞭さ、立ち上がりはガット弦に分があります。
また低音弦の場合、モダンの巻弦だと一聴すると音量があるように聞こえるかもしれませんが、音の減衰が緩やかなので(言い換えると不必要に音が伸びる)、不自然な消音をしなければいけません。そのぶんガット弦の低音は巻弦に比べて鈍いように感じるかもしれませんが、不自然な消音をする必要がなく(もちろん消音を全くしない訳ではありませんが)、音の減衰も至極自然です。巻弦を張ったリュートとの事を「鳴らないギター」なんて揶揄する人もいますが、確かにあたらずとも遠からずな意見かもしれません。
■ 調弦
調弦はガット、モダン、共にちゃんと正しくしてあげれば、いずれも問題はありませんし、共に湿度、温度の影響でチューニングが狂うのも同じです。ガットの方が素材の性質上、湿度による影響が顕著で、確かに調弦には苦労させられるでしょう。ヨハン・マッテゾン(1681-1764)の「80歳のリュート奏者なら60年は調弦している」という記述もあながち誇張ではなく、ガット弦を使用しているリュート奏者はちょこちょこ何度も調弦する必要があります。
ただガット弦は使用するにしたがい音程が徐々に上ずるようになって来るので、その誤差をフレットをずらして調整する必要が出てきます。(この作業は多少慣れが必要です)もちろんあまりに上ずりが過ぎてしまった場合、弦そのもののが毛羽立ったりなど劣化していなくても取り替えなくてはなりません。
最後に
リュート界の世界的マエストロである佐藤豊彦氏も「自分は50年リュートを弾いているが、本物のリュート奏者になったのは15年前。ガット弦を使い始めてから」とおっしゃっています。どうせリュートなど古楽器を演奏するならナイロンなどの代用品を使うのではなく、本物のガット弦を用いることをオススメしたいと思います。