※以下、作曲家の極々簡単な紹介と、楽譜のリンクとなります。
ルネサンスリュート
■ Francesco Spinacino (フランチェスコ・スピナチーノ / 生没年不明)
イタリアのリュート奏者、作曲家。生涯についてはよく知られていないが、1507年に世界初の印刷されたリュート曲集 「リュート曲集第1巻 / Intabolatura de lauto libro primo」と「リュート曲集第2巻 / Intabolatura de lauto libro secondo」をイタリアの出版社ペトルッチより出版する。この2冊には声楽曲のインタブレーション、リチェルカーレ、2重奏などが含まれている。2重奏は一方がテクニカルなパートを、もう一方のテノールは優しいパートを受け持つスタイルで書かれており、これは当時の即興演奏を理解する助けになるとも考えられている。
Intabulatura de lauto Libro primo
Intabolatura de lauto Libro secondo
■ Hans Newsidler (ハンス・ノイジドラー / c.1508-1563)
今日のスロヴァキアの首都、ブラティスラヴァに生まれる。1530年ニュルンベルクの市民権を得て、リュート奏者、教師、製作家として幅広く活躍。1536年に「新しく編纂された芸術的なリュート曲集 / Ein newgeordent künstlich Lautenbuch」を出版。この曲集はいわゆるドイツ式タブラチュアで書かれており、その教則本的な内容から1536年から1562年までの間に9回にわたって重版される。プレアンベル、声楽曲のインタブレーション、舞曲などが含まれており、その中の演奏平易な曲はリュート初心者にとって馴染み深い。
Ein Neugeordent Künstlich Lautenbuch
■ Francesco da Milano(フランチェスコ・ダ・ミラノ / 1497-1543)
「ミラノのフランチェスコ」という名前の通り、ミラノ郊外のモンツァに生まれる。同時代のミケランジェロ(1475-1564)が「画聖」と呼ばれたように、その類稀な音楽性故に生前から「 Il Divino / 楽聖」と呼ばれ高く評価される。ファンタジア、リチェルカーレなどポリフォニックな作品を作曲するだけでなく、即興演奏でもその才能を遺憾なく発揮し、聴衆を魅了した記録が残されている。なおフランチェスコの曲はイタリア以外でもドイツ式やフランス式のタブラチュアで出版され広く流布していた。1970年、音楽学者のA.Nessによって作品全集が校訂・出版され、現在ではそれによって分類された整理番号(Ness番号)が広く用いられている。
Intabolatura de lauto di Francesco da Milano. Libro primo
Intabolatura de lauto di Francesco da Milano. Libro segondo
Intabolatura de lautto libro settimo
■ Pierre Attaingnant (ピエール・アテニャン / c.1494-1551)
フランス、パリの楽譜出版業者。シャンソン、モテットなど数多くの楽譜を出版する。1529年にフランス初のリュート曲集 「とても簡易的でわかりやすい入門書 / Tres breve et familiere introduction 」を、続く1530年にソロ、合奏が含まれた「18のバスダンス / Dixhuits basses danses 」を出版。アテニャン自身がリュートを演奏したかどうかは不明で、どちらの曲集もアテニャンの元で編集に関わった人物によるものと考えられている。クロード・ダン・セルミジらによる声楽作品のインタブレーションやプレリュード、ブランル、バスダンスなどリュート初心者には馴染み深い。
Tres breve et familiere introduction
Dixhuit basses danses
■ Francis Cutting (フランシス・カッティング / c.1550-1596 )
エリザベス朝時代のリュート奏者、作曲家。初期の活動ついては多くが不明であるが、D.ポールトンらは彼の特徴的な姓からイングランド東部のイースト・アングリア出身ではないかと推測している。カッティング自身による作品や編曲したものはおよそ50曲程残されており、中でもグリーンスリーブスの変奏曲やPackington’s Poundなどが有名である。関係のあったハワード家の記録にカッティングは音楽家としてではなく「Gentleman」と記録されている事や、没後に多額の遺産を残している事などから、彼自身はプロの音楽家ではなく、アマチュアの音楽家であった可能性が高いと考えられている。しかし音楽のクオリティーは高く、技術的にも非常に優れた奏者であった事が作品を通してうかがえる。
■ John Dowland (ジョン・ダウランド / 1563-1626)
イギリスのルネサンス音楽を代表するリュート奏者、作曲家。1563年、イングランドに生まれる(アイルランド、ダブリン郊外生まれとの説も有り)。生前からすでに十数点の楽譜が出版されていた。主だったものとしては「歌曲集第1巻 / First Booke of Songes or Ayres(1597年)」「 歌曲集第2巻 / Second Booke of Songes or Ayres (1600年) 」「歌曲集第3巻 / Third Booke of Songes or Ayres(1603年)」「巡礼者の慰み / A Pilgrimes Solace / (1612年)」「様々なリュート作品集 / A Varietie of Lute Lessons /(1610年)」がある。一方100曲を超えるリュートソロ曲の多くは出版されずに手稿譜としてヨーロッパ各地に残されていた。1974年、音楽学者でリュート奏者のD.ポールトン女史らによってダウランド・リュート作品全集として校訂・出版される。
Mathew Holmes lute books (MS Dd.2.11)
Mathew Holmes lute books (MS Dd.5.78.3)
Mathew Holmes lute books (MS Dd.9.33)
ビウエラ
◼️ Lucys Milán (ルイス・ミラン /c. 1500 – c. 1561)
スペインの作曲家、ビウエラ奏者。1536年に「エル・マエストロ / Libro de música de vihuela de mano intitulado El maestro」を出版し、ポルトガル国王ジョアン3世に献呈している。この曲集にはファンタジア、パバーンなど独奏曲と、ヴィリャンシーコ、ロマンスなどビウエラ伴奏の歌曲などが含まれている。ファンタジアの中にはデディーリョ(Dedillo、人差し指による往復奏法)で弾くと演奏効果が高まる速いパッセージも含まれている。楽譜とは別に、バレンシア宮廷での社交術や教養を説いた「エル・コルテッサーノ / El Cortesano」を1561年に出版している。
Libro de Música de Vihuela de mano
◼️ Luis de Narváez (ルイス・デ・ナルバエス / 生没年不明)
スペインの作曲家、ビウエラ奏者。神聖ローマ帝国皇帝カール5世の秘書官フランシス・デ・ロス・コボスに仕え、カール5世の息子、フェリペ2世の音楽教師も勤める。1538年にバリャドリッドで出版したビウエラの為の曲集「ドルフィンの6つの曲集 / Los seys libros del Delphin de música de cifra para tañer vihuelá 」にはファンタジア、変奏曲、声楽曲のインタブレーションなどが含まれている。ファンタジアは見せびらかしのない地味な作りではあるが、無駄を排し厳格な対位法で作られている。またこの曲集で音楽史上初めて「変奏曲」(スペイン語でディファレンシャ)という言葉が用いられる。
バロックリュート
■ Ennemond Gaultier (エヌモン・ゴーティエ / c.1575-1651)
フランス南東部のVilletteに生まれる。従兄弟のリュート奏者Denis Gaultier(ドニ・ゴーティエ)と区別するためにle Vieux Gaultier (老ゴーティエ)やGaultier de Lyon(リヨンのゴーティエ)と呼ばれる。11コース・フランス式リュート(今日で言うところのバロックリュート)の調弦法であるニ短調調弦や、Style Brisé (崩された様式)と呼ばれる自由奔放な様式を確立した17世紀のフランスリュート楽派を代表する巨匠。ドニ・ゴーティエが1669年頃に出版した「リュート曲集 / Livres de tablature des pièces de luth」の中には老ゴーティエの曲も含まれている。師匠であるRené Mesangeau(ルネ・メッサンジョー)に捧げたトンボー「Le Tombeau de Mezangeau」は最初期のトンボーでもある。
Livres de tablature des pièces de luth (Gaultier, Denis)
■ Jacques Gallot (ジャック・ガロ / ?-c.1690)
フランスのリュート奏者。生没年ははっきりとはわからない。1670年前後に「様々な旋法によるリュート曲集 / Pièces de luth composées sur différens mode」を出版する。人物についての記録がないので詳細は不明であるが、曲集の巻頭文に老ゴーティエの弟子であった事を伺わせる記述が記されている。また全31曲中、28曲に献辞的、暗示的なタイトルが付されている。これは当時上流社会で流行していたプレシオジテの影響と考えられている。ヴェルサイユ宮殿の楽士であったロベール・ド・ヴィゼー(ギター、テオルボ奏者)はガロの名を冠したトンボーを残している。
Pièces de luth composées sur differens modes
■ Charles Mouton (シャルル・ムートン /c.1626-c.1710)
フランスのリュート奏者。おそらくドニ・ゴーティエに師事したとされており、Brise様式の最後を飾るリュート奏者の一人。1680年頃に「様々な旋法によるリュート曲集 / Pièces de luth sur différents modes」のタイトルを持つ曲集を2冊出版している。公職には就かずに主にパリのサロンやアカデミーで活動していたようである。宮廷画家フランソワ・ド・トロワによるポートレイトが残されている。
Pièces de luth sur différents modes
■ Esaias Reusner (エザイアス・ロイスナー / 1636-1679)
シレジアのレーベンベルクに生まれる。父親よりリュートの手ほどきを受けた後、フランス人リュート奏者にも学ぶ。1667年に「喜ばしいリュートの楽しみ / Delitiae Testudinis 」、1676年に「新しいリュートの果実 / Neue Lauten-früchte 」をそれぞれ出版する。後者はドイツ人によって初めて作曲されたフレンチスタイルのリュート音楽として認知されている。またアルマンド–クーラント–サラバンド–ジーグという組曲の順序はロイスナーによって始められたとされている。
■ David Kellner (ダヴィット・ケルナー / c.1670-1748)
オルガニスト、カリヨン奏者、音楽理論家。生まれはドイツのライプツィヒ近郊だが、スウェーデンなどの北欧にも長く居住する。1732年に「通奏低音教程 / Treulicher Unterricht im General-Bass」を出版し、その内容の簡潔さからオランダ語、ロシア語、スウェーデン語などに訳され広く用いられた。1747年に「16のリュート精選曲集 / XVI Auserlesene Lauten-Stücke 」(実際は17曲が掲載)を出版する。シャコンヌやファンタジアの他にカリヨンをオマージュした「カンパネッラ」のタイトルを持つ曲などが収録されており、その多くは明瞭で優美なギャラント様式で作曲されている。11コースの為の曲集であるが、ケルナー自身がリュート奏者であったかどうかは不明。
■ Sylvius Leopold Weiss (シルヴィウス・レオポルト・ヴァイス / 1687-1750)
シレジアの首都ブレスラウ近郊のグロトカウに生まれる。1718年から32年間、終生ドレスデンの宮廷楽士として仕える。大変な多作家で、組曲やパルティータの形式で書かれたソナタは850曲以上とされている(多くは出版はされずに手稿譜として残っている)。1720年頃より11コースに低音を追加した13コースの楽器のために作曲するようになる。同世代のJ.S.バッハとも親交があり、二人でフーガの即興演奏をした、ヴァイスがライプツィヒのバッハ宅を訪ねた、などの記録も残っている。ヴァイス作品の最大のコレクションとしてはロンドン手稿譜、ドレスデン手稿譜がある。
British Library Add MS 30387
Dresden Mus.2841-V-1,2
List of compositions by Sylvius Leopold Weiss
アーチリュート / テオルボ
■ Giovanni Girolamo Kapsperger (ジョヴァンニ・ジローラモ・カプスペルガー / c.1580-1651)
イタリア、ヴェネツィア生まれのリュート、キタローネ奏者。父親がオーストリア将校であったことからドイツ語名 Johannes Hieronymus Kapsberger(ヨハネス・ヒエロニムス・カプスベルガー)もある。ローマのバルベリーニ家の庇護の元、リュートやキタローネの為に多くのソロ曲を残す。中でもトッカータは独創的かつ即興的な妙技が繰り広げられ、楽器の可能性を最大限に引き出している。またソロ曲に通奏低音のパートが併記されているものがある事も興味深い。ヴィラネッラなどの世俗歌曲、宗教歌曲も残している。
Libro primo d’intavolatvra di chitarone
Libro primo d’intavolatvra di lavto
■ Alessandro Piccinini (アレッサンドロ・ピッチニーニ / 1566-c.1638)
イタリア、ボローニャ生まれのリュート、キタローネ奏者。フェラーラ大公のアルフォンソ 2 世やローマのエンツォ公爵に仕える。1623年に「リュート・キタローネ曲集第1巻 / Intavolatura di liuto, et di chitarrone Libro primo 」をボローニャにて出版している。序文では右手・左手の使い方、装飾音弾き方、和音の崩し方など演奏に関する詳細な指針から自身がアーチリュート(リュート・アティオルバート)の発明者である主張など34項目の緒言が記されている。
Intavolatura di Liuto et di Chitarrone, libro primo
■ Robert de Visée (ロベール・ド・ヴィゼー / c.1650-c.1725)
出自は不明(ポルトガルのヴィセウ出身との説がある)。リュート、テオルボ、ギター、ヴィオール奏者。フランスのヴェルサイユ宮殿に楽士として仕え、ルイ14世のギター教師でもあった。生前に「王に捧げるギター曲集第1巻 / Livre de la guittarre dédié au Roy(1682年)」「王に捧げるギター曲集第2巻 / Livre de pièces pour la guittarre dédié au Roy(1686年)」「テオルボとリュートの為の曲集 / Pièces de Théorbe et de Luth. Mises en Partition, Dessus et Basse(1716年)」を出版している。最後の曲集はタブラチュアではなく五線譜で記されており、さらにバスパートに通奏低音が書き込まれている事から、アンサンブルの曲集として用いる事も出来る。また弟子のヴォードリー・ド・セズネによる手稿譜にもド・ヴィゼーのテオルボ曲が含まれている。
Livre de guittarre dédié au roy
Livre de pièces pour la guitare
Pièces de théorbe et de luth
Saizenay Ms.
バロックギター
■ Francesco Corbetta (フランチェスコ・コルベッタ / ca. 1615-1681)
イタリア出身のギタリスト、作曲家、教師。当時のギターはかき鳴らしが主であったが、そこに爪弾くスタイル(プンテアード)を取り込み新たな演奏法を確立した。出身地以外のイギリスやフランスなどヨーロッパ各地でも巨匠の名をほしいままにする。1639年に「様々な諧謔的ハーモニー / De gli sherzi armonici」、1643年に「スペインギターの為の様々な諧謔 / Varii scherzi di sonate per la chitara spagnola」、1674年に「王宮のギター / La guitarre royale」など複数の曲集を出版している。バロックギターの最高峰とされるコルベッタの音楽は後にR.de.ヴィゼー(c. 1655-1732)に引き継がれる。ド・ヴィゼーは自身のギター曲集でコルベッタへのトンボーを捧げている。
Varii scherzi di sonate per la chitara spagnola
■ Gaspar Sanz (ガスパル・サンス / 1640-1710)
スペインのアラゴン出身の作曲家、ギタリスト、司祭。サラマンカ大学で神学を修めた後、ローマや当時スペイン領であったナポリなどで音楽を学ぶ。1674年に「スペインギターの音楽指南 /Instruccion de Musica sobre la Guitarra Espanola 」、1675年に「スペインギター音楽集 第2巻 / Libro Segundo de Cifras sobre la Guitarra Espanola」、1697年に「スペインギター音楽集 第3巻 / Libro Tercero de Cifras sobre la Guitarra Espanola」を出版する。カナリオス、ハカーラス、パッサカリア、フォリアス、エスパニョレッタ、パヴァーンなど様々な曲が含まれている。「禁じられた遊び」で有名なギタリスト、N.イエペス(1927-1997)はそれらから独自に選曲、編曲し「スペイン組曲」として演奏した為、モダンギターでも親しまれている。